風来ガール、なんか書く。

Hidden Figures

Three women standing in the foreground. In the background a rocket is launching.

「Hidden Figures」は2016年にアメリカで公開された映画だ。邦題はドリーム。1960年初頭、アメリカ初の有人飛行計画である「マーキュリー計画」を影で支えたNASAの3人の黒人女性の話だ。実話に基づいている。

アメリカで公開されていたときは、私もアメリカにいたため気になっていたが、まだ字幕なしに英語で映画を見るのには勇気が必要でなかなか見るタイミングが掴めず見ていなかった映画だ。

感想としては、最高だった。最高なんていう薄っぺらい言葉で語ってはいけないと思うくらい最高の映画だった。

物語の中心となる3人の女性は数学の天才キャサリン・ジョンソン、黒人女性のみで構成される”西計算グループ”をまとめるドロシー・ヴォーン、エンジニアを目指すメアリー・ジャクソンだ。

舞台となるのはアメリカ南東部バージニア州ハンプトン。今からたった50年ほど前。私の両親が生まれた頃、アメリカでまだ当たり前のように人種差別が行われていた。白人と有色人種はトイレが分けれられ、バスの席が分けられ、通える学校も図書館も分けられる。作品内には今では考えられない差別がまかり通っていたと分かるシーンがいくつも散りばめられているが、そのどのシーンよりも「差別」の根深さを感じたのはドロシーと上司のミッチェルが話すシーン。NASAの中で肌の色に関係なく使えるようになったトイレの中で2人が交わした短い会話だ。

You know, Dorothy. Despite what you may think I have nothing against y'all.

ねえ、ドロシー。勘違いしないでね。私はあなたたちに対して何も偏見をもっていないわ。

I know. I know you probably believe that. 

分かっています。あなたがそう思い込んでいるのは。

映画の随所に描かれるキャサリンの姿を見ていると、あきらかに彼女は差別をしている。その彼女が自分は有色人種に対して何の偏見をもっていないと、本気でそう思っている。認識しない差別ほど、恐ろしく、冷たく、根深いものはないと思った。

そんな差別が当たり前にあった時代。懸命に、力強く生き抜き奮闘した3人の黒人女性の姿には心動かされるものがある。

大好きなシーンが多すぎてとても選ぶことなんてできないが、特に考えさせられたシーンを紹介する。メアリーがエンジニア養成プログラムに参加するための資格を得るには白人専用の高校に通わなければならなかった。そこでメアリーは裁判所に嘆願書を提出する。当時はまだ「人種分離州」であったバージニア州連邦政府最高裁がどう言おうとバージニア州法が絶対だと言う判事に対して、メアリーは特別な事情を考慮するべきだと訴える。

Your Honor, you of all people should understand the importance of being first. Well, you were the first in your family to serve in the armed forces, US Navy. The first to attend university, George Mason. And the first state judge to be recommissioned by three consecutive governors...

判事、前例となることの重みは誰よりもご存知のはず。あなたは一族で初めて軍に入隊しました。海軍です。ジョージメイソン大学で一族初の大卒者に。3人の知事に任命された初の州判事でもあります....

 

The point is, Your Honor, no Negro woman in the state of Virginia has ever attended an all-white high school. It's unheard of.... And before Alan Shepard set on top of a rocket, no other American had ever touched space. And now, he will forever be remembered as the US Navy man from New Hampshire, the first to touch the stars.

つまりこういうことです。この州で白人の高校に行った黒人女性はいません。 前例がない。...アラン・シェパードがロケットに乗って行く前には宇宙に行ったアメリカ人もいなかった。そしてニューハンプシャー出身のアメリカ海軍の軍人であったシェパードはアメリカ初の宇宙飛行士として前例を作り名を残します。

 

And I sir, I plan on being an engineer at NASA, but I can't do that without taking them classes at that all-white high school. And I can't change the color of my skin. So I have no choice but to be the first. Which I can't do without you, sir. Your Honor, out of all the cases you're gonna hear today, which one is gonna matter a hundred years from now? Which one is gonna make you the first?

私はNASAの技術者を目指しています。それには白人の高校での受講が必要。肌の色は変えられません。だから前例になるしかないのです。判事のお力が必要です。判事、今日処理する案件で100年後も意義があるのは? あなたが前例になれるのは? 

判事は白人。裁判所内で当たり前のように白人と黒人の席が分けられている。その中で一切怯むこともなく、毅然とした態度で判事の前に立ち、一言一言を発するメアリー。彼女はこの後、夜間クラスの受講を許される。

このシーンで強く感じたのは、アメリカは先例となることを恐れない国であるということだ。ご縁あって今年就職することになった会社に応募する際、「留学を通して学んだこと」という欄に私はこんなことを書いている。

中高の韓国留学、アメリカ大学留学を通して、今まで「外側」と認識していた世界の「内側」に入ってみることで、自分が「内側」と認識する世界が更に広がっていく経験をしました。日韓関係の様々な問題はニュースとしてよく取り上げられますが、日本でニュースを見ているだけでは分からない韓国人のリアルな声を聞くことで分かることや、韓国の学校で韓国人の学生と一緒に歴史を学ぶことで知る両国の歴史観の違いがありました。またアメリカに留学して、慣習や先例の有無に囚われることなく常に例外を受け入れ、先例をつくり続けるアメリカの凄さを知りました。例外が当たり前な国だからこそ、アメリカはアクションを起こせば機会が与えられ何でもできる国である一方で、何もしなければ何も起こらないと実感しました。

ここでの「先例」は映画のセリフにある「前例になること (being first)」と同じことを指していると思う。私はここにアメリカの強さがあると思う。アメリカは若い国だ。日本大好きで日本文化を教えるクラスを受け持っている大学の教授がこんなことを話してくれたことがある。

「京都で新幹線に乗った時、何に驚いたかわかるかい?日本で新幹線に乗ると車内販売のワゴンが来るよね。そこで京都のお菓子を買ったら、そのお店の袋に入れてくれたんだけどね。何がびっくりしたかって、そのお店ができた年がアメリカが建国されるよりも前だったんだよ。」

つまり、日本の老舗の和菓子屋のほうがアメリカという国より長く続いているという事実に教授はたまげたというのだ。このエピソードからも分かるように、アメリカの歴史は短い。1776年にアメリカ独立宣言が公布されてから今年で245年。1776年は日本は江戸時代中期。新・旧石器時代、縄文、弥生、古墳、飛鳥、奈良、平安、鎌倉、南北朝、室町、戦国、安土桃山、江戸と来て、歴史の授業でいうと、もう覚えられないよ~~と嘆くころにアメリカという国はおんぎゃあと産声をあげたのだ。

私がアメリカという国に対して抱く印象は、自由・平等・民主主義にこだわる国。そして、先例になることを恐れない、むしろ誇りに思う国。自由・平等・民主主義にこだわるのは、自分たちがそれらを歴史で勝ち取ってきた、築き上げてきたという自負心があるから。そして、先例になることを恐れないのは、常に先例をつくることで歴史をつくってきた国であるから。

私がここで言いたいのは、アメリカすごいぞっ!ということではない。そうではなくて、この先例をつくることを恐れないアメリカの姿は尊敬に値するということだ。

アメリカ留学に行く前に勧められて読んだ「それでもあきらめない ハーバードが私に教えてくれたこと」という本の著者である林英恵さんがハーバードの大学院で学んでいた頃のニックネームは「Ms. exception (例外さん)」だったそうだ。仕事と学業どちらもとりたいなら、どちらもすればいいじゃん!Why don't you do both? というアドバイスをもらい、勤務先と大学院と交渉を重ねて、どちらの組織にも例外的な措置として仕事と学業をどちらもとることを許してもらえた彼女は、ハーバードの担当者さんからそう呼ばれたそうだ。このエピソードを知っていたからこそ、私もアメリカで一見無理そうなことも一旦怯まず交渉してみるということを出来たと思っている。

メアリーが判事に訴えるシーンと例外さんの話に共通するのは、「先例」つまり「今まで誰もやってないことをする」ということに価値を置いているということだ。もちろん、先例をつくることは簡単なことではない。でも先例となることに対して、アメリカという国は日本より寛容だと思う。

この間読んだ記事に「日本は新参者に厳しい社会」と書かれていた。「出る杭は打たれる」ということわざは、日本のこういった風潮をよく表していると思う。それに比べて、日本よりはるかに若いアメリカという国では、歴史が浅いからこそ先例さえなかった。だから全員が新参者であったし、出る杭になろうにもまわりに比べる杭もなかった。だから常に先例をつくり続ける必要があった。ここにアメリカの強さがあると私は考える。

キャサリンがスペース・タスク・グループに配属され本部長ハリソンの下で働くようになってすぐの頃、彼が ”In my mind, I'm already there. Are you? (私の心はもう月に行っている、君は?)” と訪ねたことがあった。そのとき "Yes,  Sir. (私もです)"と一瞬目をそらしながら答えたキャサリンの顔は笑っていなかった。

それからストーリーが進み、3人の女性がそれぞれの夢を叶えていく...。

数学の天才であるキャサリンマーキュリー計画の成功に大きく貢献し、宇宙飛行士のジョン・グレンが地球を3周して無事着水した後、キャサリンの上司であるハリソンは”Nice work. (よくやった)”と声をかけながら彼女の手を握る。So...と言いながら目をそらしたハリソンは、もう1度キャサリンの方を向き直し”You think we can ge to the Moon? (我々は月に行けると思うか?)”と聞く。まっすぐにハリソンの目を見つめ返したキャサリンは笑顔になった後、何かを決意したような真剣な表情を浮かべながら ”We're already there, sir. (私たちはもう月にいます)”と答える。

キャサリンのこの一言に、この映画の全てが込められていると私は思う。人々が心から本気で実現できると思ったとき。心が現実を追い越したとき、歴史は動く。そして人は一つなる。それがこの映画が私たちへ伝えるメッセージではないかと思う。 

 

 

P.S. ただ1つ、この映画で残念なことをあげるとすれば、邦題だ。何故「ドリーム」としてしまったのだろうか....。「Hidden Figures」というタイトルは素晴らしく深い。このタイトルこそ、このストーリーそのものを物語っている。Hidden、隠されたという言葉ほど強いものはないと思う。Hidden、隠されたという言葉でこのストーリーが表舞台に出てくるということの意味。そしてFiguresに①人物と②数字の二重の意味をもたせているという意図を汲み取っているのか...?と残念な気持ちが抑えられない。何はともあれ、この映画は最高だった。